BOOK「尾瀬の博物誌」

尾瀬の博物誌
大山昌克著
田部井淳子:監修
(世界文化社:3,000円+税)
※古書を購入

毎日、災害級の猛暑が続いていて、北から南までどこも暑い。こういうときは標高が高いところに逃げるのが一番なんだけど・・・そういうわけにもいかないので、せめて本だけでも読んでみようと・・・。
尾瀬の動植物と自然保護について書かれた本。モウセンゴケやミズバショウといった有名どころだけでなく、網羅的に取り上げている。
DNA解析を用いたAPG植物分類法についても、チョットだけ触れられていて、最新の研究成果が紹介されていた。
むかし、山登りをしていた頃、何度か尾瀬にも行ったけど、いまでも相変わらずオーバーユース状態が続いているらしい。人口が減る時代ではあるけど、山歩きはジジババの世代が多いから、なかなか登山人口は減らない。まだまだオーバーユースが続くのだろう。

BOOK「剱 TSURUGI」

剱 TSURUGI
志水哲也:写真
(山と渓谷社:3,700円+税)
※古書を購入

先日テレビを見ていて、無性に山に行きたくなったので・・・こういう写真集は、古本でもけっこう値が張るので少し迷っていたけど、古本屋でこの本を仕込んでおいた。何冊か山の写真集があったけど、わたしが登ったことのある山の写真集は、この「劔岳」しかなかった。
わたしは夏山シーズンに源次郎尾根から登ったこともあるので、前劔からの一般ルートではない場所から見た劔岳の姿を多少知っている。でも、印象としていちばん記憶に残っているのは・・・劔岳のあの黒々とした岩山の風情は、別山乗越から初めて見たときのものだろうなぁ。黒々としていて、対峙する立山より厳つい、独特の雰囲気を纏っていた。
積雪期の劔には足を踏み入れたことがないけど・・・こういう写真を撮るには、どれだけの苦労があるのか想像も付かない。

BOOK「山が楽しくなる地形と地学 山、それ自体がおもしろい!」

yamagatanosikunaru山が楽しくなる地形と地学
山、それ自体がおもしろい!
広島三郎著
(山と渓谷社:777円+税)

久しく山に登っていないし、山の本も読んでいなかったけど、本棚の片隅に読み忘れていた本を見つけた。たぶん、10年くらい放置していたはず^^;; むかし、山登りをしていた頃、よく、こういう本を読んでいた。それをHPで紹介していたら、山岳雑誌「山と渓谷」の目に止まり、コラムで紹介されるほど読んでいた。
その経験でいうと、登山の入門書のタイトルには「山を楽しく」とか「山を楽しむ」という表現がやたらと多い。好きで山登りをしている人間は、人から言われなくても山は楽しい。でも、多くの人が、山は楽しくないと思っているからこういう表現が増えることになる。そして、そういう人は、こういう本を読んだからといって、山が楽しくなることはない。
でも、山登りの初心者には役に立つんだよ、こういう本は。少なくとも学校で習う地学の授業以上には役に立つ。

BOOK「山岳マンガ・小説・映画の系譜」

sangakumangasyousetu.jpg山岳マンガ・小説・映画の系譜
GAMO著
(山と渓谷社:1,500円+税)

30代から40代にかけて、それなりに熱心に山登りをしていた。その頃は、ノンフィクションや紀行文ばかり読んでいて、小説や映画などにはぜんぜん関心がなかった。
毎月のように購読していた雑誌「山と渓谷」や「岳人」には、連載小説か何かが載っていたけど気にして読んだことはほとんどなかった。
山関係の本はたくさん読んだ。そのおかげで、雑誌「山と渓谷」のコラムに取り上げられてこともあった。でも、元々映画をほとんど見ないし・・・小説といっても新田次郎や夢枕獏を数冊読んだくらいのもので、熱心な読者ではなかった。マンガに至っては、「岳(ガク)」と「でこでこてっぺん」しか読んでいない。
それらを、系譜として総覧したとしても、そういう作品があること自体を知らなかったりするので、何も新しいものが見えてこなかったりする^^;;

BOOK「日本人は、なぜ富士山が好きか」

nihonjinhanazefujisangasukika日本人は、なぜ富士山が好きか
竹谷靱負著
(祥伝社新書:800円+税)
ISBN/ASIN:4396112912

この本では、歴史的文献や北斎の作品などから、宗教的、芸術的に、富士山と日本人について考察している。まあ、むかしからそういう経緯はあるんだろう。否定はしない。
まあ、でも、一言で言ってみれば、幼い頃からの「洗脳」だよな^^; 親や先生が「富士山」をすり込み、テレビや雑誌がそれを上塗りし・・・成長とともに、いつの間にか日本人になっていくと同時に、その一部として富士山が心の中に形成される。
実際、わたしは北海道に生まれ育ち、大学進学とともに上京するまで、「山といえば富士山」という意識はなかったと思う。なぜなら、北海道の地元にある樽前山という山の存在が邪魔をしていたから。・・・たぶん、富士山が見えない地域で、地元に名峰といわれる山のある人たちは似たような感じじゃないだろうか?

雑誌「山と渓谷 2013年1月号」

yamakei_2013-01もういい加減、山には行けない身体になってしまったことを認めなければならないのだけど・・・往生際悪く、いまだ未練たらたらに生きている^^;
そんなわけで・・・せめて、雑誌「山と渓谷」の新年号だけは買わなければ、ということで今年も買った。
というのも、毎年新年号には「山の便利帳」という別冊付録が付いているから。でも実際は、毎年買っても・・・山に行けないのだから、実際に役に立つことはないのだけど^^;;

BOOK「いのちの代償」

inotinodaisyouいのちの代償
山岳史上最大級の遭難事故の全貌!
川嶋康男著
(ポプラ文庫:571円+税)
ISBN/ASIN:4591111581
※古書を購入

久しぶりに読んだ「遭難本」。
1962(昭和37)年12月、北海道の大雪山で起きた北海道学芸大学(現北海道教育大学)函館分校山岳部の遭難事故を扱ったノンフィクション。この遭難事故では、11人パーティのうち10人が死亡した。
北海道教育大学は以前、札幌、函館、旭川、釧路、岩見沢の5つの分校に分かれていて(いまは分校とは呼ばないらしい)、各分校はとても小規模な大学だけど・・・この当時、函館分校だけでこれだけ大人数の山岳部があったことがまず驚きだ。しかも、本格的な冬山合宿まで行うほど本格的に活動していたとは。
たいていの遭難事故は、天候などの悪条件と判断ミス、あるいは判断の遅れ、そしてちょっとした不運が連鎖して起きる。普通であれば、どこかで連鎖が断ち切られて、ギリギリのところで事故は防がれるわけだけど・・・事故が起きてしまってから当時を振り返ると、確実に連鎖が続いている。これは山岳遭難事故でも、航空機事故や原発事故でも同じことだ。
だから、連鎖の糸を断ち切り、重大な事故になる前に状況を改善するシステムが必要なわけだけど、「自己責任」の上に成り立つ登山の場合、こういうシステムは経験という形でしか成立しない。しかも、経験は個人に蓄積されるから、毎年人が入れ替わる大学の山岳部のようなところでは、なおさらこのシステムが成立しにくい。
近年、大学の山岳部が大量遭難を起こさない理由は・・・大量遭難を起こすほどたくさんの部員が集まらないという理由が多いだけという気もする^^; その代わり最近は、登山ツアーなどで中高年者の大量遭難がたまに起きる。つまり、この本に描かれた遭難事故当時大学の山岳部にいた学生やその後輩たちが年をとって、再びいま、大量遭難事故を引き起こしているわけだ^^;;