BOOK「マッターホルン北壁」

マッターホルン北壁
小西政継著
(中公文庫:466円+税)
※自炊本を再読

むかし、山登りをしていた時代に読んだ本の再読。小西政継は日本を代表する登山家の一人と言って良いと思う。山岳同志会の登山家で、先鋭的な登攀に挑みいくつも成功させてきた。この本は、1967年に、遠藤二郎・星野隆男とともに、マッターホルン北壁の冬季登攀に成功したときの記録。冬季登攀としては第3登。
ヨーロッパアルプスの北壁冬季登攀やヒマラヤでの無酸素登頂を目指すなど、先鋭的な活動から、ストイックな人というイメージがあったけど・・・文章にはストイックさはなく、なかなか読みやすい文章を書くと好感を持った記憶がある。いま読み直しても、面白い。生き生きとしたエネルギーを感じる。
今回読み直して気付いた。ヨーロッパアルプス時代の本は他にも読んでいたけど、ヒマラヤに挑んでからの本は読んだことがない。そういえば、マナスルで帰らぬ人になってしまったんだよな・・・。この本は、絶対に山では死なないという生命力があふれた文章なのに。
標高が高くて、日陰になる北壁は・・・涼しいんだろうなぁ

BOOK「山小舎を造ろうヨ」

山小舎を造ろうヨ
少し人生を考え直したい人に

西丸震哉著
(中公文庫:505円+税)
※自炊本を再読

むかし、山登りを趣味にしていたころ、西丸震哉の本はすべて読んでいた。そのころ、本気で某所に山小屋を作れないかと考え、関連する法律や政令・条例などを調べたことがあった。そのきっかけとなったのがこの本。
マッチ箱のような小さな一部屋からはじめて、少しずつ改築・拡充して必要十分な山小屋にしていくという、極めて現実的な発想に惹かれた。たしかに、テントで宿泊出来るのだから、雨露をしのげる箱があるだけで十分役に立つ。
わたしが山小屋計画を断念した理由はふたつ。まず、水場とトイレという現実的な問題。もうひとつは、いろんな山に行きたいという欲求を考えると、利用する機会がほとんどないという現実。さらに、営業小屋じゃないから、利用する時の荷物がほとんど減らないという事実に気付いたから。
でも、この本の趣旨は、サブタイトル「少し人生を考え直したい人に」の方にある。年をとったいま、自分の状況と人生を省みて、いろいろ考えるところがあって、もう一度読み返してみたわけだ。

BOOK「南総里見八犬伝」

南総里見八犬伝
曲亭馬琴著
石川博編
(角川ソフィア文庫:800円+税)
※古書を購入

「南総里見八犬伝」・・・「ドラゴンボールの元ネタだよね」とひと言で片付けられることが多いけど、ドラゴンボールの読者の何パーセントがこれを読んだことがあるだろうか?
かく言うわたしは日本人として恥ずかしいことに、アニメは多少見たけど、「ドラゴンボール」すら読んでいないし、「南総里見八犬伝」も読んだことがなかった。
南総里見八犬伝は、江戸時代の曲亭馬琴が著した長編小説。戦国時代の房総・里見家を題材にしているけど、史実ではなく完全なオリジナル創作らしい。
超ざっくりまとめると・・・里見氏の伏姫が、忠犬・八房の気を宿して懐妊した。許嫁の金碗大輔に純血を訴えて自害したら、役行者から授かった数珠から仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の玉が飛び出し、領地に飛び散り「八犬士」となった。
金碗大輔は出家して、八犬士を探し求める旅に出た。やがて、八犬士は里見家の家臣となり、里見家の危機を救う活躍。それぞれ、里見義実の孫娘を嫁にもらい、義実は隠居して仙人になったという。
江戸時代の大衆小説だし、けっこう読みやすかった。
渋谷の「ハチ公」もそうだけど、日本人が犬に「ハチ」という名前を付けるルーツは、きっとこれなんだろうな。

BOOK「黒部源流山小屋暮らし」

黒部源流山小屋暮らし
やまとけいこ著
(山と溪谷社:amazon:0円)
※Kindle版を購入

amazonプライム特典で0円で開放していた本。
黒部源流の薬師沢小屋で12年働くイラストレーターが書いた山小屋の生活誌。
かつて山登りを趣味にしていたころ、薬師岳、太郎山、黒部五郎岳あたりの「黒部源流」はあこがれの地だった。なにせ遠い。登山口まで行くのが遠いし、その後の行程も長い。計画だけは何度か立てたけど、結局休みが取れず、行くことは叶わなかった。
最も接近したのは、裏銀座を縦走した時の水晶岳。赤牛岳の稜線の向こうにあったはずだけど・・・ずっと土砂降りでなにも見えなかった。最後の方で水晶小屋の名前がちらっと出てきたけど・・・わたしが宿泊したのはお盆休みだったけど、定員30人に対し100人くらいだった。交代制の食事で、土砂降りの中、1時間待ったのはきつかった。でも、あの狭い厨房でカレーではないふつうの食事を作ったと関心したものだ。水晶小屋は、小屋というより箱のようなものだから特別だと思っていたけど、最近では、シルバーウィークに黒部源流のような奥地でも似たような状況が起きるのか。でも、いいところのようだなぁ。
久しぶりに山の本を読んだけど、気持ちだけはむかしのようにうずいている。でも、身体がそれを許さない。

BOOK「菜の花の沖(六)」

菜の花の沖(六)
司馬遼太郎著
(文春文庫:552円+税)
※古書を購入

北海道の開拓と防衛は一貫してロシアの脅威に対抗するためだったから、本能的に北海道人はロシアが嫌いだ。その不信感の発端はこの小説に描かれた時代からはじまる。わたし個人としては、意外にロシア人が好きだったりするけど。
嘉兵衛の観世丸がロシア軍艦ディアナ号に拿捕され、嘉兵衛ほか5人がカムチャッカに連行された。文化露寇やゴローニン事件について、北海道では比較的しっかり習うけど、他の地域ではそうでもないと聞いたことがある。
嘉兵衛を捕虜にしたリコルド少佐は、なかなか見識のある人物だったらしい。この人物でなければ、日露関係はどうなっていたことか。対して、農民層の出自で船乗り・商人になった嘉兵衛が、どこまで近代的な国家観や外交感覚を持っていたか・・・司馬遼太郎の描き方ではかなりの人物。リコルドと嘉兵衛との間に信頼関係が生まれ、自分たちが帰国し、平和裏に事態を収拾させる方策が立った。
帰国した嘉兵衛は最終的に処罰されはしなかったけど、ゴローニン事件を丸く収めた結果、幕府から贈られた報奨金がわずか5両。北前船1回の航海で1000両以上の稼ぎが出るというのに・・・。まだ、個としての日本人が明確に国家を意識していなかった時期に、互いの国の辺境で出会った嘉兵衛とリコルドが通じ合えたことは、結局、時代のあだ花に過ぎなかったのが残念だ。
<完結>

BOOK「菜の花の沖(五)」

菜の花の沖(五)
司馬遼太郎著
(文春文庫:552円+税)
※古書を購入

大坂で建造した官船5艘と高田屋の商船3艘を引き連れ、箱館に帰還した。その船団で、蝦夷地御用掛首座松平忠明のウルップ島までの巡視航海に出かけた。ここに、かの間宮林蔵が乗船していた。
嘉兵衛による択捉島開発は、越冬居住にも問題がなく、新しい漁法の導入も成果を上げていた。しかし、ロシアの動きも活発となり・・・この巻は小説というより、日露外交史、近代極東史の教科書のような内容。これだけ詳しければ、新書でも書けそうな詳しさだ。興味のある事柄なので、これはこれで興味深く読んだ。当時の武士たちの有り様は滑稽以外の何物でもないけれど・・・日本は、幕府という軍事政権でありながら、いつの間にかまともな軍備を持たなくなり、当時の世界で最も平和な国家だったというのは不思議ぎなことだ。
この説明の間に、嘉兵衛は40代半ばになっていた。
ニコライ・フヴォストフによる「文化露寇」・・・ロシア軍艦により樺太や千島列島への襲撃が繰り返され、嘉兵衛が場所を請け負っている択捉島へも攻めてきた。さらにはゴローニン事件・・・嘉兵衛にとっては人生後半のハイライト。

BOOK「菜の花の沖(四)」

菜の花の沖(四)
司馬遼太郎著
(文春文庫:552円+税)
※古書を購入

幕府が東蝦夷地(浦河~知床に至る太平洋側。後に箱館~浦河を追加)を天領とし、奥羽諸藩に北辺警備の兵を割り当てた。箱館を治所とした。ここから、本格的な北海道の開拓史がはじまり、同時に高田屋嘉兵衛の成功がはじまる。嘉兵衛は冬の日本海を渡って箱館に至った。さらに太平洋岸を様似、厚岸まで出かけた。わたしの郷里あたりは、沖走りですっ飛ばされた。だから、明治まで寒村だったわけだ。
嘉兵衛は近藤重蔵と知り合い、国後島から択捉島への航路を拓く冒険に出た。近藤重蔵は教科書にも載っている名だけど、意外に小物という印象。この時期の嘉兵衛は、商売は度外視で、船乗り・冒険家としての行動が中心。役人には嘉兵衛を利用しようという意識もあったのだろう。事実、嘉兵衛は大公儀御用として択捉島の漁場開発を行い、さらに幕府の定御雇船頭として5艘の官船と自分の商船3艘の建造に着手した。明らかに公儀にすり寄りすぎている。サトニラさんの二の舞じゃないか・・・。